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入口と出口のちがいと、エンターテイメントの理想 “宮崎駿”

「風の帰る場所ーナウシカから千尋までの軌跡」宮崎 駿

たまたま、ぱらぱらと先日読み返していた中で出会った言葉。

宮崎監督にとっての「エンターテイメント」の話。

とてもシンプルで、本質的な言葉だと感じましたので、少し引用をしてみます。

娯楽という言葉が意味するところにもよるんだけど、『娯楽でいいんだよ、映画は』っていうのは嫌いです。

でも、エンターテイメントっていうことを否定する気は全然ないです。

エンターテイメントっていうのはなにかって言ったら、間口が広いことですよ。

僕が、チャップリンの映画が一番好きなのは、なんか間口が広いんだけど、入っていくうちにいつの間にか階段を登っちゃうんですよね。

なんかこう妙に清められた気持ちになったりね(笑)。

なんか厳粛な気持ちになったりね。
するでしょう?

あれが僕は、やっぱりエンターテイメントの理想じゃないかと思うんです。

あの、ディズニーの作品で一番嫌なのは、僕は入口と出口が同じだと思うんですよね。

なんか『ああ、楽しかったな』って出てくるんですよ。

入口と同じように出口も敷居が低くて、同じように間口が広いんですよ。

エンターテイメントっていうのは、観ているうちになんかいつの間にかこう壁が狭くなってね、立ち止まって『うーん』って考えてね、『そうか、俺はこれでは駄目だ』とかね(笑)、そういうふうなのが理想だと思うんです。

入口と出口がそれぞれ持つ、間口のちがい。

エンターテイメントを通じた「読後感」や、「持って帰ってもらうもの」に対する、宮崎監督の「気配り」や「良心」が感じられると思います。

とても本質的で良心的な、エンターテイメントへの向かい方と思います。


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