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何かを伝えるときに、思い出す本について “あなたに褒められたくて”

例えば、ここでブログの文章を書こうとするとき。
または仕事において企画書を書いているとき。
あるいは掲載するコンテンツの原稿を書いているとき。

なんでも良いのですが、何か伝えたいことがあって、文章を書くという時に、理想にしている人だとか文章だとかというのが、自分にはあります。

人それぞれ誰かしら何かしらの、指針というかお手本というかは、きっとあると思うんですね。
もちろん、お手本にしている特定の人などはいない、というケースもあるとは思いますが。

ただその代わりに、自分の中で決めているルールがあるだとか、こういう文章を書きたいという理想がイメージできている、などがあるのだろうと思います。
要は、外に求めるにせよ、内に求めるにせよ、自分が依って立つべき柱が何かしらあるという事です。

で、自分の場合の「誰かに何かを伝える」という時に、一番始めにイメージして、たまにパラパラとめくり返し、柱として参照しつづけている指針の一人が、高倉健さんなのです。
もっと具体的には、この「あなたに褒められたくて」というエッセイ。

あなたに褒められたくて (集英社文庫)
高倉 健
集英社
売り上げランキング: 91,770

高倉健さんが綴った、色々な方との出会い、そこであった出来事、旅やいたずら、母のことなど。
内容だけを切り取れば、いわゆる一俳優のエッセーにすぎないものです。


でも、なぜこの本が自分にとって、指針となるのか。

例えば、頭だけでしか考えずに、モノを言っているとき。
そういう時って、恐ろしいくらいすぐにバレてたりします。
数秒で分かってしまう。文章で言えば、書き出しでバレてしまう。
これは文章だけに限らず、頭だけで考えたような企画にも言えるでしょうし、トレンドばかりに依った表現などにおいても、きっと言える事でしょう。

あるいは必要以上に、自分を頭良く見せようとして書いているとき。
愛がそこにないとき。
説明は巧い、積み上げたロジックは通っている、あるいは表現の技術は素晴らしい、トレンドに沿っている、、、。
でも、対象への愛情が感じられない。
本心でその内容を信じて、目の前の人に語ろうとしているとは到底思えない、そんなとき。

こういう現象って、結構簡単に陥ってしまう病気みたいなものだと思っています。
忙しかったり、慣れてきたり、自分の心にモノを尋ねないで一見忙しそうにくるくる働いているようなときには。
それを自覚して、時には無理にでもあがらおうとしない限り、割と簡単に引いてしまいがちな病気といいますかね。

でも、言葉を始めたあらゆる表現って、本当は怖いものなはずです。
送り手の知性や良心、センス、度量、人間性、もっと言えばこれまでの人生そのものまで、全てを暴露してしまうわけですから。


で、戻ってきて健さんの本について。

今日、こんな人と会った、こんな事があった、こう思った。
そういう話を、誇張するでなく、見栄を張るでなく、ぽつぽつと素朴に、遠い場所にいる恋人に向けて語っているような文章。
素材の良さを、変に加工するのでなく、くっきりとそのまま受け手へと差出したような素朴な文章。
そんな感じのエッセイです。

これはきっと健さんが俳優だからなんでしょう。
自己愛が少なく、他人の目が気にならないからこそ、ここまで素朴な目線を、照れずに差出せるんだろうな、と思います。

という事から、自分にとって「誰かに、何かを伝える」というテーマを考える時にまず思い浮かぶ本であり、読むことを通じて自分のブレに気づき、真ん中に戻す為の回復本が、この一冊だったりします。
人に薦めている本の一つでしたが、ブログでは触れた事がなかったので改めて。


その人が語る言葉を知れば、その人がどんな人なのかというのは大抵分かってしまう。

それは怖い事であると同時に、その怖さを知るからこそ、人は、言葉に対して慎重に、誠実になれるんだろうとも思います。



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