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生理と性と俗っぽさ。女の目線。「ことばの食卓」武田 百合子

食は欲。
がゆえに、そのテーマには、生理的かつ性的な、一種のなまめかしさがあります。



食べ物の匂いを嗅ぎ分け、たどる。
食べたい!という欲を静かに抑えながら、繊細に箸やフォーク、ナイフを扱い、取り分け、口へと運ぶ。
あるいは、一方で、手でわしづかみにし、汁で手をベトベトにしながら食す事がよしとされる食べ物やケースもある。
そして、口の中であじわい、咀嚼し、飲み込むことで、満足を感じる。
その欲が満たされるまで、その行為は継続されていく。

食べることの中にある、生きることそのものを示す、根源的な欲求。
そして、性欲とも通じる快楽性や官能性。

武田 百合子の「ことばの食卓」ほど、その「食べること」にある、生理と性との混濁した関係がダイレクトに感じられる本はないのでないか?と思います。

ことばの食卓 (ちくま文庫)
武田 百合子
筑摩書房
売り上げランキング: 7,142

冒頭のエッセイ「枇杷」。

枇杷を食べていたら、自分の夫がやってきて、俺にもくれと言い、美味そうに手で食べる。
たったそれだけの、亡き夫を思い返すエピソードが書かれたエッセイです。

が、その食べる行為一つ一つの描写に立ち込める、むっと匂い立つような生臭さ。
女の冷静で、好奇に満ちた、官能小説を読むかのような観察眼。
この食べる描写を読むだけで、どれほど夫を愛していたのか、の素朴な愛情を感じます。

「ひょっとしたらあのとき、枇杷を食べていたのだけれど、あの人の指と手も食べてしまったのかな」

「夫が二個食べるまでの間に、私は八個食べたのをおぼえています」


食べたくなるほど、その人を愛おしく思う。
でも一方で、ちゃっかりと自分はもっと枇杷を楽しんでいる。

女のしたたかさやずるさ含めた、いわば女そのもの。
それが、食を通じたこれだけ短いエッセイで、ここまであけっぴろげに素朴に、大胆に書かれた文章はないのでないか、と思います。


そして、もうひとつ。
食べることの中には、通俗的な欲求もあります。
ちょっと食べてみたい。試してみたい。好奇心というやつ。

デパートの取り澄ましたオムレツや、花見での様々な食べ物、後楽園のウインナーやおでん、うどんの入り混じった匂い、、、。

俗っぽさを、否定するでも恥じるでもなく、ただ真っ正面から受け止める、子供のような好奇の目線。

俗っぽさは、そのまま受け止めて、楽しんでしまうに尽きる。
ここでも女の半ば無意識で、半ば意識的な打算的な判断、つまりは女そのものが、にじみ出るように感じられる。
何より、その女ならではのあけっぴろげな印象が、一種の清々しさすら感じられて、気持ちがいい。

一見食べ物のエッセイですが、生理と性と俗のシズルに満ちた、女の目線が垣間見れる本です。


ちなみに、この著者の武田百合子さん。
きっとご飯はゆっくりと噛み締めて、食べる人だと思う。
少しキョロキョロと、眼と耳だけは妙に周囲を見逃さない、ちょっとした子供のような目線と共に。

好奇の目線とあじわう事の中に、悦びも、消化も、栄養も、きっとある。


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