Inspiration
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打つ、刻むの意味を覆す “Pulse Machine”

踏まれるバスドラム。

そのドラムキックの間に挟まれ、刻まれる、フリップサウンドと意味不明なカウントダウン。

気持ちのいい永久ループ的装置のように一見見える、この装置。

が、この装置には「ある意味」が付与されています。

その意味に触れた後では、見る者の価値観がいやがおうにも一変させられてしまう程の、強い意味が。

Pulse Machine from Alicia Eggert on Vimeo.

テネシー州ナッシュビルのギャラリーで「誕生」した、この装置。

ここでカウントダウンされる数とは、この開催日のテネシー州で産まれた赤ちゃんの78年という平均寿命という「時」です。

その寿命が時として終えるまで、ドラムは打ち続けられ、カウントダウンされて行く生命カウント装置。それが、この作品が持つ意味です。

このドラムキックとサウンドは、人の「鼓動」そのもの。

そして、その鼓動に合わせ、冷たくも現実な事として示される、「残る寿命」である「残鼓動数」。

時は去って行く。人はいつか死ぬ。

ただその現実だけが純粋に取り出され、ごろんと目の前の差し出されたこの装置。

そこには、自分ではどうしようもできない、ある事実を告げる神々しさのようなものすら感じます。




与えられた意味によって、受け手の価値観が一変してしまい、言葉をそこで失ってしまう事。

客観的事実だけを伝える機構が持つ、言葉を失うほどのオーラ。

なんというか、こういった客観的事実だけで構成された残酷世界へ触れる事は、はっとする気づきもあるのですが、ある種の快楽性もありますよね。

どうにもならない事実へ身を任せきってしまう事への中毒性とでも言いましょうか。


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