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なぜその絵から「水の音」が聴こえてくるのか。余白と能動性について

「水の音」をテーマに企画された、山種美術館の展示がおもしろかったので少し。

川、海、滝、雨、湖、波、、、。
水は、一定のかたちに留まらず、たゆたい、うつろい、常に変化しています。
がゆえに「このかたちをもたない、自然の美をどう描くか?=視覚化するか?」は、どんな時代においても、表現の普遍的テーマとしてあり続けているのでしょう。

この展示では、川、海、滝、雨という切り口から、さまざまな画家の水の視覚化の試みを紹介しつつ、そこから聞こえてくる「水の音」に着目し、涼を取るという提案となっています。

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千住博《松風荘襖絵習作》

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奥村土牛《鳴門》

1405_08
歌川広重(初代)《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》

全て山種美術館「水の音」より


この展示で面白いのは、ぼおーと絵を観つづけていると、やがて脳内でその絵画に応じた水の音が鳴り出してくるという現象です。
水のシズル表現を通じることで、視覚から結果として聴覚が刺激される、という間接効果。

これは、受け手がより能動性たらんとする、絵画というメディアが持っている特性なのかと思います。

絵画とは、「ある瞬間」をその画家なりの視点と解釈で結晶化し、「この時、ぼくはこう感じたんだけど」と差し出されたもの。
その未完成さが、受け手に対し「自分なりのイメージ」で、その作品へ対峙したときに、読み取っていこうとする能動性を生むとも言えます。

そしてその「自分なりの」が入り込む余白があればあるほど、送り手と受け手とのコミュニケーションはより密度が濃くなる。
つまり、より作品としての強度が増し、普遍性が増してくる、と言うこともできるでしょう。

ここでは、絵画が本来持っている余白性に、「水」という超身近で普遍的なテーマと、一点のみに焦点を絞り切った水のシズル表現が掛け合わさる事が、脳内に「水の音」を生んでいるのだろうと思います。


ともあれ、絵画から、水の音を聴き、涼を取る。
何よりそのキュレーションテーマに洗練されたセンスを感じる、おすすめできる展示です。

山種美術館「水の音」


ちなみにこの想像力が発動するための余白度を、逆に下げていくとどうなるか?
より説明的で、よりロジカルで、より合理的で、より便利で、より確実で、より限定的で、より短期的になり、つまりよりつまらなくなる。
そういった世界が想像できるような気もします。

“俳句は、言いたいことを言うのではなく、言わないことを言うために十七文字を使うんだってこと。
十七文字で言えることではない。
十七文字以外のことを言うために、十七文字を使う。”

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