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俳句とデザインの関係 ー 1. 句会にみる参加のアーキテクチャ

最近たまたま俳句に触れる機会があって、新鮮な面白さを覚えています。

特に俳句の背景にあるデザインとの共通性。
掘れば掘るほど何かのヒントに繋がっていく気もするため、何回かに分けつつその関係性を、ランダムにまとめてみようかと思います。

初回のテーマは「句会」についてを。
「句会」とは、持ち寄った俳句を同じ場所に集まり、鑑賞し、評価し合う場のことです。

俳句に触れてはじめに面白さを覚えた、この句会の進め方や評価のあり方、さらには「句は参加者によって見い出され、完成する」という参加のアーキテクチャについてからまずは少しまとめてみます。


句会の流れ 〜投句から講評まで〜


句会は、「投句」→「清記」→「選句」→「披講」→「講評」の流れで進行します。

句会ではまず、それぞれ持ち寄った俳句を短冊に書き、「投句」します。
ただ、そのままでは書いた人の筆跡から、誰の句であるかが推測できてしまいます。
そのため「清記」と言って全てシャッフルした投句用紙から、参加者全員に配り直し、もう一度書き直す手順を加えます。
こうして人の手の痕跡を消した後、もう一度シャッフルして混ぜた短冊を回し、自分の作品以外で良い句を選び、「選句」つまり投票する、というステップを得ます。
そして選句用紙を回収後、「披講」によって選ばれた句を読み上げ、数を数え、その句への評を「講評」していく、というのが句会の一連の流れです。

良句は、参加者によって見い出される


ここで面白いのが、句会における「選句」と「披講」「講評」です。
具体的には、人が集う句会の場合、単に俳句を作る力だけでなく、「どんな句を選ぶか?」という選句のセンスも同時に要求されている、という背景について。
言い換えると、その句会の参加者の価値観、教養、感性、想像力、共感力によって、見出される句のレベルが変わる、という点についてです。
実際、自分では全く気にも留めなかった句が、他の方の評によって自分の目線が全く違う方向へ見開かれ、魅力的な句へと変貌する体験が多々ありました。

こうして句が他者によって見出されていく現場に立ち会うと、
  • 価値とは、自分一人の力では完成されず、人によって見出されるものであること。
  • 評価とは、固定的なものでなく、人や場によって常に移り変わるものであること。
  • 作品とは、人から得られる評価と価値によって、はじめて活かされるものなこと。
という、ごく当たり前な気づきが、より自然に与えられていきます。

効用としては、例えば
  • 発想を広げることと、評価されることの楽しさへの自覚
  • 他者の発想への尊重と、協調性の育み
などが句会には組み込まれている事でしょう。


句会からの応用とは?


ジャンルや大小は問わず、参加者たちの発想を広げ、競い合い、評価しあい、楽しみながら、より高め合う事が求められるようなシチュエーション。
例えば、アイデアMTG、ワークショップのような。
もし、そこでファシリテーターを担うような立場の方であれば、この句会における「場」のデザインのあり方には、応用できるヒントが多くありそうに思えます。


俳句とデザインとの関係性について。
まだ表面を軽く触りはじめた程度ですが、折を見ながらまとめていこうかと思います。


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